Kersenbrock Custom Cue
もともとプレイヤーとしても名前の高かったDavidがキュー作りを始めたのは1972年のこと、ベトナム戦争より戻ってからのことであった。シカゴ近郊に住んでいた彼は、当時アメリカ中西部で名声を博していHarveyMartinのキューに強く影響を受けキュー作りの道に入ったのである。
Davidの70年代のキューは一本一本がすべて違っていて、テーパーからデザインから実に様々な作品を残しているが、フラットフェイスのジョイントとプレイアビリティーを追い求めた姿勢はまさにHarveyMartinの流れをくむものにふさわしい。余談になるが、Davidは構造から作り方、テーパーなどを書物として残しているが、自分の知る限りキュー作りのものとしてはBarton Spainの書き残したものと双璧をなすものであろうと思う。
また、Davidの様々な試行錯誤、研究は1982年よりキュー作りを始めたJerry Franklin(SouthWest)の基礎となったのはあまりにも有名である。
80年代半ばより精神障害がひどくなり、今では年に2〜3本しか作らなくなってしまったが、Davidの作品はいつの時代のものであれ、キュー好きにはたまらない一本なのは言うまでもない。     <By Lucky>

メーカー名 David Paul Kersenbrock
製作者 David Paul Kersenbrock
開始年 1972年〜
(1990-1996年 Omega D.P.K)
ショップ所在地 Chicago. Illinois



Lucky's Cue International